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当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。

法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

米国TSCAのDecaBDE、PIP(3:1)規制改定について

執筆者の写真: tkk-labtkk-lab

2025年02月14日更新

米国TSCAのDecaBDE及びPIP(3:1)規制に関しては本コラムで数回にわたり取り上げてきました。今回は2024年11月19日に公布された「TSCAにおけるDecaBDEおよびPIP(3:1)規制改訂版(Decabromodiphenyl Ether and Phenol, Isopropylated Phosphate (3:1); Revision to the Regulation of Persistent, Bioaccumulative, and Toxic Chemicals Under the Toxic Substances Control Act (TSCA))」(改訂版)1)について説明をします。

本改訂版は2025年1月21日に発効しました。


1.改訂版の概要

1.1.改訂版提出の背景

DecaBDE及びPIP(3:1)の規制に関しては、2021年1月のPBT最終規則公布後に適用除外用途の追加や適用時期の延期など修正を繰り返してきたことはこのコラムで数度にわたり報告2)3)4)5)6)7)をしました。繰り返しになりますがその時の論点は、TSCA Section 2605 (h)(4)の「実行可能な範囲でばく露を低減するべきである」8) という義務を果たすことが求められていて、その際に同(h)(2)で「対象となる物質のリスク評価を行う必要は無い」との規定があり、このバランスをどう取るかでした。

米国環境保護庁(U.S. Environmental Protection Agency: EPA)は当初2021年にこの規定に則ってDecaBDE(CASRN 1163-19-5)、PIP(3:1)(CASRN 68937-41-7)、2,4,6-トリス(tert-ブチル)フェノール(2,4,6-TTBP)(CASRN 732-26-3)、ヘキサクロロブタジエン(HCBD)(CASRN 87-68-3)、およびペンタクロロチオフェノール(PCTP)(CASRN 133-49-3)のPBT最終規則9)を作成し公布しました。

一方で、TSCA Section 2601 (b)(3)では、「技術革新を不当に妨げない、または不必要な経済的障壁を作らない」8) 方法で規制が行われることを求めており、公布後に特にPIP(3:1)使用禁止に関して利害関係者から多くの懸念が表明されたことを受けて数次の改訂を行ってきています。

今回の改訂は、この両者のバランスを見直すために行われた一連の見直しのひとつで、2023年11月にDecaBDEとPIP(3:1)規制改訂案10)を公表しパブリックコメントを募集していたものをベースとして、その後のコメントとステークホルダーに対するヒアリングを反映して改訂したものです。


改訂内容の詳細は次項に説明しますがDecaBDE及びPIP(3:1)共通の主な改訂項目として、以下の5項目があります。

(1)混合物及び成形品の非意図的濃度限界値を0.1wt%に設定

(2)適用除外用途の追加変更と除外期限の見直し

(3)混合物の製造・加工・流通中の水への放出禁止

(4)労働者保護に関する記録の保管期間を3年から5年に延長

(5)労働者保護のための労働環境管理の強化


1.2. DecaBDE改訂内容の詳細

DecaBDEに関しては、以下の追加・変更が行われています。ここでは追加・変更項目のみを取り上げていますので、規制の全貌については前掲の2021年PBT最終規則等を確認して下さい。

以下に各項目の概要を説明します。


(1)混合物及び成形品の非意図的濃度限界値を0.1wt%に設定

従来は、非意図的濃度限界値は設定されていませんでした。限界値が設定されていないと言うことは、非意図的であればいくら入っていても問題が無いとも解釈できますが、逆にサプライチェーンを通じて非意図的であることの証明が必要となり、管理上大きな問題であるとの指摘に対応したものです。

数値自体についてはいろいろな議論がありましたが、最終的にEU/RoHSの規定に合わせて0.1wt%とすることが妥当であるという結論となりました。


(2)適用除外用途の追加変更と除外期限の見直し

(i) 2023年1月6日以降、原子力発電施設(試験研究炉を含む)の電線およびケーブルの絶縁体に使用するためのデカBDEの加工および商業的な流通は、すべての人に対して禁止される。

電線およびケーブルの耐用年数が終了した後は、原子力発電施設(試験研究炉を含む)用のデカBDE含有電線およびケーブル絶縁材の商業目的での加工および流通は、すべての人に対して禁止される。

背景としては、業界からの原子力発電所の計装および電力ケーブル絶縁材に関する米国電気電子技術者協会(IEEE)383規格を満たすためにデカBDEの代替化学物質を正常に試験し認定するにはさらに時間が必要であるとのコメントに対応して耐用年数終了までの猶予期間を追加で設定したものです。

(ii) 製品または物品からのデカBDE含有プラスチックの商業的流通およびリサイクル、およびリサイクルまたは製造プロセス中に新たなデカBDEが添加されない場合の、そのようなリサイクルプラスチックから作られたデカBDE混合物または物品の商業的加工および流通は禁止されない。


(3)混合物の製造・加工・流通中の水への放出禁止

DecaBDE及びDecaBDE混合物の製造、加工、流通中の水への放出の禁止、およびDecaBDEの水への放出を防止するための適用可能な規制に従うことを規定

ここで適用可能な規制とは、連邦および州の法律や規制に準拠していることを前提としており、これには、たとえば、資源保全回収法 (RCRA) とその施行規則および州法、ならびに大気浄化法、水質浄化法、安全飲料水法 (SDWA) が含まれます。


(4)労働者保護に関する記録の保管期間を3年から5年に延長

保管される記録には、DecaBDE またはDecaBDE を含む混合物および成形品が40 CFR 751.405(a) 11)に準拠していることを示す声明を含める必要があります。また、EPA が適時に記録を確認できるように、「要求に応じて 30 暦日以内に EPA に提供する」という猶予期間要件が削除されました。


(5)労働者保護のための労働環境管理の強化

(i)DecaBDE含有プラスチック輸送パレットを(リサイクル等)処理する施設に標識を掲示し、施設の所有者または運営者は、施設の適切な管理と労働者への教育、保護具の適切な提供などの義務を負い、その職場保護記録を保持する必要があります。

そこで作業する労働者保護の観点から追加されました。施設内では指定保護係数(APF)10の米国労働安全研究所(National Institute for Occupational Safety and Health: NIOSH)承認N95マスクと同等以上の保護機能を持つ呼吸保護具、およびデカBDEに対して化学的に耐性のある手袋による皮膚保護具を含む個人用保護具を着用する必要があります。


(6)その他

(i)研究・試験炉を含む原子力発電施設向けのデカBDE含有電線およびケーブル絶縁体の輸出通知の義務付け



1.3.PIP(3:1) 改訂内容の詳細

PIP(3:1)に関しても、以下の追加・変更がされています。ここでは追加・変更項目のみを取り上げていますので、規制の全貌については前掲の2021年PBT最終規則及びその後の2022年改訂等を確認して下さい。

以下に各項目の概要を説明します。


(1)混合物及び成形品の非意図的濃度限界値を0.1wt%に設定

従来は、非意図的濃度限界値は設定されていませんでした。DecaBDEの場合と同様にサプライチェーンを通じた管理上大きな問題であるとの指摘に対応したものです。

数値自体についてはより厳しい数値の提案もありましたが、最終的にDecaBDEの規定に合わせて0.1wt%とすることが妥当であるという結論となりました。


(2)適用除外用途の追加変更と除外期限の見直し

(i)潤滑剤及びグリース

航空宇宙およびタービン用途に使用される潤滑油及びグリース(に使用されるPIP(3:1)、PIP(3:1)混合物を含む)のみが適用除外用途 (2021年)

自動車を含むその他のすべての用途に使用される潤滑油及びグリースは、商業的加工および流通は従来の5年を延長して15年後(2039年11月21日以降)に禁止

(ii)自動車用の新品及び交換部品

重機を含む新しい自動車に用いる部品に関しては、それに用いるPIP(3:1)の商業的加工・流通、PIP(3:1)を含む混合物、含有部品及び含有部品を用いた重機を含む自動車の商業的製造、加工・流通は、15年後(2039年11月21日以降)に禁止

交換用部品に関しては、30年後(2054年11月19日以降)に禁止

ただし、(iv)として新たな適用除外対象となる PIP (3:1) を含む部品 (ワイヤー ハーネスや回路基板など) には適用されません。

(iii)航空宇宙車両用の新品及び交換部品

新規および交換部品におけるPIP(3:1)およびPIP(3:1)混合物の使用は30年以内に禁止

航空宇宙用車両の耐用年数終了後、PIP(3:1)を含む航空宇宙用車両(遵守期限が終了する前に製造が許可されている車両)の輸入、加工、商業流通を禁止

交換部品に関しても30年後(2054年11月19日以降)に禁止

ただし、(iv)として新たな適用除外対象となる PIP (3:1) を含む部品 (ワイヤー ハーネスや回路基板など) には適用されません。

(iv)ワイヤーハーネスと回路基板の適用除外

電線で使用するための PIP (3:1) および PIP (3:1) 混合物の商業上の加工および流通は禁止から新たに適用除外となる。

ワイヤーハーネスには、防衛から航空宇宙および自動車用途、医療に至るさまざまな用途で使用される、端子およびヒューズのカバー、ケーブルスリーブ、ケーシング、コネクタ、テープ等を含む幅広い種類の物品が含まれる。

回路基板への使用には、オーバーモールディング、ディップモールディング、インサートモールディング用途、またはコンフォーマルコーティングにおける樹脂としての使用なども含まれる。

(v) 海洋防汚コーティング製品

米国連邦殺虫剤殺菌剤殺鼠剤法(Federal Insecticide, Fungicide, and Rodenticide Act:FIFRA )12) 登録海洋防汚剤に使用する PIP (3:1) の加工および配布は 5 年後(2029年11月19日以降)禁止を追加

この新たな遵守期限の追加は国防総省専用のコーティング製品に限定されています。

(vi)製造装置及び半導体製造業

PIP(3:1)の加工および商業的流通、ならびに半導体産業を含む新しい製造装置、新しい暖房、換気、空調、冷蔵および給湯装置、新しい発電装置、新しい実験装置、新しい商用電子機器用の部品に使用するためのPIP(3:1)混合物の製造、加工および商業的流通、およびそれらの装置用のPIP(3:1)含有部品の製造および加工に対する禁止を現行の2024年10月31日から2034年11月20日以降まで延長

(vii) PIP(3:1)を含み、かつ、PIP(3:1)が新たに添加されていない成形品または物品からリサイクルまたは再利用されたプラスチックで作られた完成品または物品の商業における加工および流通の適用除外を追加

さらに、PIP(3:1)を含み、かつ、PIP(3:1)が新たに添加されていない物品を修理または保守の目的で加工および配布することに対する適用除外を追加


(3)混合物の製造・加工・流通中の水への放出禁止

2021年規制で禁止


(4)労働者保護に関する記録の保管期間を3年から5年に延長

DecaBDEと同様に、EPA が適時に記録を確認できるように、要求に応じて「30 暦日以内に」 EPA に提供するという猶予期間要件が削除されました。


(5)労働者保護のための労働環境管理の強化

(i)PIP(3:1)及びPIP(3:1)を含む混合物及び成形品の製造・加工を行う職場の所有者及び運営者は、規制区域を設定し維持管理を行う必要があります。

施設の所有者または運営者には、施設の適切な管理と労働者への教育、保護具の適切な提供などの義務を負い、その職場保護記録を保持する必要があります。

(i) シアノアクリレート接着剤の製造における中間加工助剤としての PIP (3:1) および PIP (3:1) 混合物の加工には以下の技術的管理を要求(追加)

(a)閉ループシステムで行われなければならない。

(b)全体排気換気装置および局所排気換気装置を備えなければならない。

(6)その他

(i)安全データシート(SDS)またはラベル貼付義務

PIP(3:1)混合物を出荷する場合には、2025年2月19日までにSDSを添付するか2026年5月19日までに規定のラベルを貼付する必要があります。


2.まとめ

今回の改訂では特にPIP(3:1)に関する規定が大幅に見直しされました。

前回のコラムで指摘したようにPBT規制法は、TSCA Section 2605(h)を根拠法として作られていますので、リスク評価の優先順位を決定する際に「コストやその他の非リスク要因を考慮せずに」、また「対象物質のリスク評価は不要」で決めることができます。

EPAも「対象物質のリスク及びメリットに関しては定性的な評価に留まり定量評価を行っていない」ことを認めています。

一方で、TSCA Section2601では「技術・経済への不当な影響」を排除するという要求があり、TSCA Section 2605(h)で「実行可能な範囲でばく露を減らす」ことを求められています。

今回の改訂版では、上記要求の整合性を取る過程でどのような意見が出されてどのような見解に基づいて結論に至ったかが詳細に記述されています。

また、条文の構成を見直すことにより将来の訴訟で、ある条文が無効との裁決が出された場合に、他の条文にその影響が波及することを最小限にする工夫として条文間の相互関係を明確にする工夫が追加されています。

一般に米国法は分かりづらいといわれますが、この法文を熟読することで、その背景と考え方の理解が進みます。

読者の皆様もお時間があるときに一度熟読されることをお勧めします。

なお、EPAは、以前今回の2物質以外の3物質についても同様な見直しを行うとのアナウンスがありましたが、今回改めて他の3物質に関しては見直しの予定がないことを表明していることを付け加えさせていただきます。


(杉浦 順)

参考文献:

1) 改訂版

2) 本コラム2021年6月18日付「TSCA PBT PIP(3:1)の動向」

3) 本コラム2021年9月27日「米国EPA  TSCAによるPIP(3:1)規制適用延期」 

4) 本コラム2021年10月29日「Phenol, Isopropylated Phosphate (3:1)の遵守日は2024年10月31日まで延長」

5) 本コラム2021年11月19日「米国EPA TSCAによるPIP(3:1)規制適用を再延期提案」

6)  本コラム2024年1月19日付「米国TSCAのDecaBDE規制改正案」

7) 本コラム2024年2月16日付「米国TSCAのPIP(3:1)規制改正案」

8)  TSCA sec.2601, sec.2605

9)  REGULATION OF CERTAIN CHEMICAL SUBSTANCES AND MIXTURES UNDER SECTION 6 OF THE TOXIC SUBSTANCES CONTROL ACT

10) 2023年改訂案

11)40 CFR 751.405(a)

12)米国連邦殺虫剤殺菌剤殺鼠剤法(FIFRA)

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