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当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。

法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家の判断によるなど、最終的な判断は読者の責任で行ってください。

執筆者の写真tkk-lab

ハロゲン系難燃剤の光と陰

2024年07月19日更新

1. ハロゲン系難燃剤とは

難燃剤は、燃えやすい素材を燃えにくくする添加剤です。その有効成分は、主に3種類に分類され、①ハロゲン系、②リン系、③無機系です。効果の強さは、補助剤として酸化アンチモンを加えた①ハロゲン系が最も性能が高く、次に①ハロゲン系単独と②リン系が同程度の性能であり、③無機系は性能が落ちます*1)。


分子化学的には、炭素とハロゲン元素の結合力が炭素と酸素の結合力とほぼ同じなので、ハロゲンが結合した炭素は酸素への置換反応が起きにくくなります。これが有機ハロゲン化合物の難分解性や難燃性の起源で、ハロゲン系難燃剤の共通の特徴といえます。

ハロゲン系難燃剤には、塩素系難燃剤と臭素系難燃剤があります。このよもやま話シリーズでも何度も登場しましたので、次の一覧表に整理します。


表 ハロゲン系難燃剤のいろいろ


2. 社会経済的便益

火災予防のために、通電により高温になる電気・電子機器や、消防法で防炎加工が求められる織布・繊維・アパレル類には、性能の良い難燃剤が必要です。


電気・電子機器のプラスチック素材の難燃性規格としては、米国のUL94規格がよく用いられています。UL規格*5)は、アメリカ保険業者安全試験所(Underwriters Laboratories Inc.: UL)が策定する製品安全規格です。

じゅうたん等繊維製品などの防炎性能の基準は、消防法施行規則第四条の三(防炎性能の基準の数値等)*6)*7)に定められています。


歴史的には、塩素系難燃剤として塩素化パラフィン類と酸化アンチモンの組合せが開発されました*1)。また、高性能の絶縁油として夢の化学物質といわれたポリ塩化ビフェニル(PCB)や、有機塩素系殺虫剤のマイレックスも、塩素系難燃剤として利用されたことがあります。


しかし、有機塩素化合物の難分解性や蓄積性が指摘され、塩素化パラフィン類やポリ塩化ビフェニル(PCB)の問題が明らかになってくると、その代替品として、塩素系ではなく、臭素系難燃剤のPBDEやDBDPEなどが利用され始めました。しかし、代替した臭素系難燃剤にも、人の健康または環境へのリスクが問題視されるようになります。

そのため、これらの代替難燃剤として、塩素系難燃剤であるデクロランプラスが再び注目され、現在まで利用されてきました。


3. 人の健康または環境へのリスク

POPs条約に収載されているハロゲン系難燃剤は、すべて環境中での残留性、生物蓄積性、人や生物への毒性が高く、長距離移動性を有しています。これらの有害性は、難燃剤の特徴ではなく、有機ハロゲン化合物の共通の特徴といえます。

具体例として、現在、化審法の第一種特定化学物質に指定する審議が行われているデクロランプラスを例に解説します。「よもやま話」シリーズ2022年12月*3)以降の話です。


デクロランプラスによる人の健康リスクとしては、たくさんのネガティブな結果もありますが、一般毒性、免疫毒性、内分泌かく乱作用、体内動態にポジティブな結果がありました。同様に、動植物へのリスクとして、鳥類、水生生物、土壌生物、ほ乳類への影響がありました。*8)

製品含有化学物質のリスク評価*9)によると、近年のデクロランプラスの国内取扱量が年間200トン程度であり、今後の規制によってさらにリスクが低下していくと考えられるが、継続的な実態把握とより詳細な情報に基づく評価が必要であるとしています。


4. 規制法の動向

デクロランプラスは、2023年5月のPOPs条約第11回締約国会議(COP11)で、同条約の「附属書A(廃絶)」に追加することが決定されました。*10)

今後、締結国は国際的に協調して1年以内に、製造・使用等の廃絶に向けた取組を行うこととなります。


これを受けて、日本でも2023年7月21日に、3省合同会合*11)において、デクロランプラスが、難分解性、高蓄積性であり、人や高次捕食動物への長期毒性を有するものであることから、化審法の第一種特定化学物質に指定することが適当であるとの結論*8)になりました。


経済産業省は2020年2月と2022年12月に関係事業者等にデクロランプラスを使用した製品の市場状況調査を行い、その結果に基づいて、2023年7月21日に、デクロランプラスが使用されている場合は輸入を禁止すべき製品として提案しました。*12)

この提案について、2024年4月16日にパブコメの結果*13)が公表されました。今後は、2024年春以降に改正法令公布、2024年秋以降に施行するとしています。


5. 代替材とリスクトレードオフ

デクロランプラスは、POPs条約における議論の動向を踏まえ、関連業界で代替物質への転換の検討が数年前より進められていました。2024年末頃までには代替は完了する見込みです。*12)


デクロランプラス難燃剤の代替材としては、REACH規則附属書XV制限報告書「デクロランプラスの制限提案書」*14)には、潜在的に適切な代替品として、水酸化アルミニウム、ポリリン酸アンモニウム、DBDPEの3つが挙げられています。しかし、DBDPEは臭素系難燃剤なので、今後規制される可能性があります。水酸化アルミニウム、ポリリン酸アンモニウムといった無機系やリン系などの難燃剤をうまく組み合わせていく必要があります。


他のハロゲン系難燃剤についても、その性能の高さゆえの利用を続けながらも、有機ハロゲン化合物の一般的な状況として、難分解性・環境蓄積性・発がん性などの人や生態系への毒性情報が集まるにつれて、規制が厳しくなってゆきます。


((一社)東京環境経営研究所 槌田 博)


【参考文献】

*1) 大越雅之「難燃材料の規制動向と開発の方向性」、日本ゴム協会誌、Vol.93(4)、pp.117-122、(2020)


*2) よもやま話 塩素化パラフィン類の光と陰


*3) 宮元裕二「よもやま話 デクロランプラスの光と陰」、情報機構月刊化学物質管理、7(5):2022.12、pp.64-66


*4) よもやま話 PBDE/DBDPEの光と陰


*5) UL Standards & Engagement UL規格


*6) 消防法施行規則


*7) 消防庁 防炎の知識と実際《防炎普及用資料》


*8) 経済産業省化学物質審議会審査部会 残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約の附属書改正に係る化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律に基づく追加措置について(2023年7月21日)


*9) NITE/経済産業省/厚生労働省 製品含有化学物質のリスク評価 デクロランプラス(2023年11月)


*10) 経済産業省ニュースリリース「ストックホルム条約第11回締約国会議(COP11)の結果の概要」(2023年5月16日)


*11) 3省合同会合 令和5年度第4回薬事・食品衛生審議会薬事分科会化学物質安全対策部会化学物質調査会、化学物質審議会第229回審査部会、第236回中央環境審議会環境保健部会化学物質審査小委員会(2023年7月21日)


*12) 3省合同会合 第一種特定化学物質に指定することが適当とされたメトキシクロル、デクロランプラス及びUV-328が使用されている製品で輸入を禁止するものの指定等について(案)(2023年7月21日)


*13) 厚生労働省/経済産業省/環境省 「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律におけるメトキシクロル、デクロランプラス及び UV-328 に係る措置(案)に対する意見公募の結果」(2024年4月16日)


*14)  REACH規則附属書XV制限報告書「デクロランプラスの制限提案書」

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