2022年04月15日更新
はじめに
残留性有機汚染物質(Persistent Organic Pollutants:POPs)とは、ダイオキシン類、PCB(ポリ塩化ビフェニル)、DDT等の有機物質で、難分解性、生物蓄積性、毒性、長距離移動性といった性質を有します。 EUでは、これらから人の健康や環境を保護することを目的とする法令であるPOPs規則((EU)2019/1021)1) が制定、施行されています。
欧州委員会(European Commission:EC)は、2022年1月17日、その改正案を世界貿易機関(World Trade Organization:WTO)に通知しました。
今回はこれまでのその動きや今後の見通しについてご紹介します。
1.POPs規制を目的とした国際条約とPOPs規則
POPsは前記の様な特性を有するので、国境を越えて広範に汚染拡大が進む恐れがあるため、これまでに以下の様な国際条約による規制の取組みがなされてきました:
(1) 残留性有機汚染物質に関する長距離越境大気汚染に関する1979年条約の議定書(Protocol to the 1979 Convention on Long-Range Transboundary Air Pollution on Persistent Organic Pollutants、以下「議定書」)3)
1979年条約とは、国連欧州経済委員会(Economic Commission for Europe; ECE)により1979年に採択、1983年に発効した越境大気汚染に関する国際条約です。欧州諸国を中心に、当時の欧州共同体(European Communities)、米国、カナダ等49カ国が署名しています。
締約国は、酸性雨等の越境大気汚染の防止対策、被害影響の状況の監視、原因物質の排出削減対策、国際協力、情報交換の推進等が要求されています。
その後、本条約は8件の議定書により補足、強化されてきていますが、このPOPsに関する議定書もその1つで、1998年に採択されました。
(2) 残留性有機物質に関するストックホルム条約(Stockholm Convention on Persistent Organic Pollutants、以下POPs条約)4)
1992年の地球サミット(環境と開発に関する国際連合会議、於リオデジャネイロ)で採択されたAgenda 21をふまえ、1995年に国連環境計画(UNEP)政府間会合(於ワシントン)で採択された「陸上活動から海洋環境の保護に関する世界行動計画」において提示された活動項目の1つとして、2001年5月にストックホルムで開催された外交会議において採択された条約です。
その後2004年2月に締約国が50ヵ国に達したことを機に、同年5月に条約として発効し、現時点で締約国は185ヵ国です。
EUは2004年11月に批准、2005年2月に発効、日本は2002年8月に批准、2004年5月に発効しています。
POPs条約はその第1条に記されていますが、「環境及び開発に関するリオ宣言」(Rio Declaration on Environment and Developement 1992)5) における原則15に規定する予防的方策によって、POPsの有害性からの人の健康や環境の保護を図るとしています。
また採択後は締約国会議(Conference of Parties:COP)によって第18条の紛争解決の手続きを定める附属書Gや規制対象物質の追加等の改定がなされてきており、現時点での最新版はCOP9をふまえた2019年改定のもので、全30条7附属書から構成されています。 なお「議定書」で指定された規制対象物質は全てPOPs条約に引き継がれ、規制対象となっています。
EUはこれら国際条約の締約国としての義務履行を担保するためにEU域内の規制法令として、2004年に規則(EC)No.850/2004を制定、施行していましたが、その内容を一層強化、明確化する必要からこれを廃し、それに代わって2019年に制定、施行された法令がPOPs規則です。
現時点では全22条、7附属書より成りますが、POPs条約の規定内容を反映させつつEUとしてPOPsをどう管理し、環境中への放出を削減していくかについて定めています。
特に留意すべき点は以下です:
(1) POPs条約で指定されている規制対象物質、すなわち同条約附属書Aの廃絶28物質・物質群および制限2物質・物質群(附属書B)は、POPs規則では附属書Iに、非意図的生成7物質・物質群(附属書C)は附属書IIIにおいて各々指定されています。
(2) POPsは規制措置が執られて以降、基本的に新製品に使用、流通されることはありませんが、既に流通しているものに含まれているものは環境中に長く残留します。このためPOPs条約では、その第6条にてPOPsを含む廃棄物の管理について定めていますが、POPs規則ではその附属書IVおよびVにおいて対象とするPOPsの種類および制限濃度等を指定し、それを含む廃棄物の処分等についてその第7条にて以下の様に規定しています:
(i) 附属書IVで指定のPOPsを含む廃棄物は、附属書V第1部に示す処分または回収作業(物理化学的処理、陸上での焼却等4種類)は、確実にそのPOPs成分を分解若しくは不可逆的に変換し、残余の廃棄物がPOPsとしての特性を示さなくなることを保証する様な方法によって、不当に遅滞することなく行う。
(ii) 附属書IVで指定したPOPsに対し、その回収、リサイクル、再生または再利用に繋がる可能性のある処分または回収作業は許可しない。
(iii) 廃棄物は、それに含まれる附属書IVで指定の種類のPOPsが制限濃度未満である場合にのみ、それを関連するEUの法令に従って処分または回収することができる。
(iv) 例外的な場合には、指定される種類のPOPsを含む廃棄物は、加盟国またはその所轄当局の許可により、指定の制限濃度にまで指定の方法に従って処理することができる。ここで例外的とは、POPs含有廃棄物に対して(i)の様な除染が実行不可能であり、POPs成分の分解若しくは不可逆的変換が環境的に安全な選択肢ではないことを廃棄物保有者が実証し、更にその代替処理案を所轄当局により承認される等の条件を満たす場合であり、またそれが許可され得るPOPs、廃棄物の種類や制限濃度、処理方法は附属書V第2部で指定される。
2.今回改正の要点
今回のPOPs規則の改正は、「廃棄物中のPOPs制限濃度の更新に関するイニシャティブ」6) への取組みに基づきます。本改正前のPOPs規則ではECに対し、POPs条約で国際的合意のなされた規制物質に対する制限濃度を導入するための附属書IVおよびVの見直しが求められていましたが、それに対応するものです。
そして2021年10月、ECは附属書IVおよびVの改正案を採択しました。
ECはこの改正案について、循環型経済を実現するための重要なステップであり、欧州グリーンディールのゼロ汚染行動計画と持続可能性のための化学物質戦略に貢献するものとしています。
その後の意見募集を経て今回のWTOへの通知がなされましたが、具体的な内容は以下のとおりです:
(1) 附属書IVに下記3物質・物質群を追加。これらは改正前には附属書Iには収載済で、使用の規制はなされていたものの、廃棄物中の含有物質としての扱いに関する定めはありませんでした:
(i) ペンタクロロフェノールとその塩類およびエステル類(CAS RN 87-86-5他)…木材や織物の処理に使用。制限濃度100mg/kg。
(ii) ジコホル(CAS RN 115-32-2)…農薬に使用。制限濃度50mg/kg。
(iii) ペルフルオロオクタン酸 (PFOA) とその塩およびPFOA関連物質(CAS RN 335-67-1他)…防水繊維や消火フォームに使用。制限濃度1mg/kg(PFOAとその塩)、40mg/kg(PFOA関連物質)。
(2) 附属書IV中下記4物質・物質群の制限濃度をより厳しい数値に変更。括弧内は改正前の数値:
(i) 短鎖塩素化パラフィン(SCCPs、CAS RN 85535-84-8)…1,500mg/kg(10,000mg/kg)
(ii) テトラブロモジフェニルエーテル(CAS RN 40088-47-9他)、ペンタブロモジフェニルエーテル(CAS RN 32534-81-9他)、ヘキサブロモジフェニルエーテル(CAS RN 36483-60-0他)、ヘプタブロモジフェニルエーテル(CAS RN 68928-80-3他)、およびデカブロモジフェニルエーテル(CAS RN 1163-19-5他)…これら5種のエーテルの合計値500mg/kg、発効5年後200㎎/kg(1,000mg/kg)
(iii) ポリ塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシン/ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDD/PCDF)およびダイオキシン類似ポリ塩化ビフェニル(dl-PCBs)…これら3物質の濃度と毒性等価係数の積の合計値5μg/kg(PCDD/PCDF 15μg/kg、PCB 50mg/kg)
(iv) ヘキサブロモシクロドデカン(CAS RN 25637-99-4他):500㎎/kg(1,000mg/kg)
(3) 上記(1)および(2)に伴い、例外的な場合に許可され得る廃棄物の処分に関する附属書V第2部で指定されるPOPsの種類および制限濃度を追加、修正。
おわりに
今回WTOに通知されたPOPs規則の改正は、本年4月17日まで意見募集を行っていますが、2022年第4四半期から2023年第1四半期に採択される予定です。
なおPOPs条約のCOP10は、感染症の影響を考慮し、バーゼル条約のCOP15およびロッテルダム条約のCOP10と共に、2021年7月にその第1部がオンラインで、暫定的に2022年の実施作業や予算等、条約の運営に必要な事項のみが議論されました。 これに引き続き、条約の内容に関しては、2022年6月に予定されている第2部で議論されることになっています。7)
また本年1月にはPOPs条約の「残留性有機汚染物質検討委員会」(POPRC)第17回会合が開催され、廃絶すべき物質としてメトキシクロル(CAS RN 72-43-5)を追加することをCOPに勧告することが決定された他、更に規制対象候補物質の検討も行われています。8)
今後共必要な見直しが行われ、その内容は順次POPs規則にも反映されていくと思われますので、注意していきたいと思います。
参考URL
以上
(福井 徹)
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