2021年09月27日更新
米国環境保護庁(Environmental Protection Agency:EPA)は2021年9月3日付で、有害物質管理法(Toxic Substances Control Act:TSCA)Section 6(h)のもとで規制対象とされているイソプロピルフェニルホスフェート(Isopropylphenyl phosphate:PIP(3:1))を含有する特定の成形品、および成形品の加工に使われるPIP(3:1)の取扱と販売の規制準拠日を、従来の2021年3月8日から2022年3月8日まで延期することを公開前通知(PRE-PUBLICATION NOTICE)しました。*1
同時に、PIP(3:1)の製造元、加工業者、販売代理店に適用される記録管理要件の準拠日も 2021年3月8日から 2022年3月8日まで延長しています。
対象製品には、携帯電話、ラップトップコンピュータ、輸送機器、ライフサイエンス機器、半導体製造装置など、さまざまな分野で使用される電気電子製品、産業用および商業用機器など、幅広い製品が含まれます。
ちなみに公開前通知とは、正式公表の前に利害関係者に情報を提供する制度で、その後の政府印刷局govinfoウェブサイト(https://www.govinfo.gov/app/collection/fr)および上記のドックRegulations.gov(https://www.regulations.gov)に正式版掲載後には公開前通知は削除される予定です。
なお、正式版は本稿執筆中の9月17日に連邦官報(Federal Register)に公示されました。*2
1.延期に至った経緯
TSCA Section 6(h)*3は、難分解性、生物蓄積性、毒性(Persistent, Bioaccumulative, and Toxic:PBT)を有する5物質を規制しており、2021年1月6日公布、同年2月5日発効、3月8日を準拠日としています。。PIP(3:1)はこの5物質の内の一つです。
PIP(3:1)に関しては当初より使用範囲が広く短期間での代替などの対応が困難であるとの意見がありましたが、EUなど他国での同様な規制がなかったことから利害関係者の関心が低く、パブコメ中に必要十分なコメントが寄せられなかったことをEPAも認めています。
利害関係者の一部である家電メーカー協会(the Association of Home Appliance Manufacturers:AHAM)、米国半導体工業会(the Semiconductor Industry Association: SIA)などが2021年3月8日までに代替品に置き換えることは非現実的であり、年単位での準拠日延期を要請するコメントをEPAに送ったのは、本規制公布後でした。
ここまでの経緯の詳細は、本コラム2021年6月18日付「TSCA PBT PIP(3:1)の動向」で解説されています。
EPAは不十分な情報提供により、当初想定していたPIP(3:1)使用成形品の主な利害関係者が写真印刷、航空宇宙・軍事、自動車、鉄道車両・船舶、接着剤などであると誤認していたことを認めています。 その後の電子電機業界等からの追加コメントによりPIP(3:1)使用成形品の適用分野が非常に広範囲であり、特に電気電子業界での影響が消費材から産業機器まで広範囲にわたり影響が大きいことを認識し、準拠日当日に180日間のノーアクション保証(No Action Assurance :NAA)を発行しました。 これによりPIP(3:1)使用成形品の義務への準拠が180日間停止されていました。
今回の準拠日1年間延長は、NAAの終了期限を前にしてEPAがさらなる検討期間が必要と判断して行われたものです。
EPAは延期理由として、
1)ルールが公表される前にEPAに伝達されなかった用途とサプライチェーンの課題があり、誤った判断で作成されたことに対処するため
2)EPAが長期的な発効日延長をする別の提案に関する追加のコメントを取ることを可能にするため
3)重要な成形品のサプライチェーンが短期的に中断なく継続することを保証するため
を挙げています。
この中で重要なのは2)で、今回の準拠日1年延長はあくまで「長期的な準拠日延長をする追加コメントを得るため」としている点で、今後の検討結果を踏まえてより長期間にわたる準拠日延長がありえることを示唆しています。
2.今後の見通し
EPAは延長された来年3月8日までの間に利害関係業界団体や関連機関のコメントを検証して、TSCA Section 6 (d)にしたがって最終的な発効日を決定するようです。
実際にどの程度の延期になるかが関心事ですが、業界ごとに事情が大きく異なるようです。 例えば2021年3月時点のコメントでは全米家電協会(Consumer Technology Association:CTA)および情報技術工業協議会(Information Technology Industry Council:ITI)は代替品への置き換えに2.25年から6.5年を要すると試算をしており、国際半導体製造装置材料協会(Semiconductor Equipment and Materials International:SEMI)および日本半導体製造装置協会(Semiconductor Equipment Association of Japan:SEAJ)は15年またはそれ以上必要であるとコメントしており、業界により大きくばらついています。
一方で、米国の環境保護団体等(Safer Chemicals Healthy Families:SCHFなど3団体)は、準拠日の延期ではなくより厳格な適用基準が課されているTSCA Section 6 (g)除外規定で対応するべきであるとコメントしていますが、EPAは除外規定ではなく準拠日の延期で対応する方針であることが示されています。
3.まとめ
今回のEPAによるPIP(3:1)規制の準拠日延期は、前述のように対象物質がEUや国際条約などで規制対象になっていなかったことから、規制案に対するパブリックコメントの段階で利害関係者の関心が低く、規制公示までに十分なコメントを提出していなかったことによる市場誤認が原因であることはEPAも認めているところです。
従来は化学物質規制に関してはEUや国際機関が先行して検討が進んでいましたが、今後は自社製品の主要マーケットである他国における規制情報に関しても広く情報収集を行い、タイムリーな対応が必要であることを示唆しています。
(杉浦 順)
参考文献:
*1 PRE-PUBLICATION NOTICE
*2 Federal Register
*3 TSCA §2605(h)
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