2024年10月01日更新
欧州委員会は、化学物質の規制を含む科学的な目的のための動物実験を、可能な限り早期にすべて廃止するという目的を掲げています。この目的のために、2024年9月17日、欧州委員会は、化学物質の安全性評価における動物実験と、それを段階的に廃止するためのロードマップの策定に向けて、根拠に基づく情報提供の照会 1)を開始(2024年10月15日まで)しました。今回のコラムでは、このような取り組みをはじめとしたEUの動物実験の段階的廃止に向けた動向について説明します。
1. 欧州市民イニシアティブ
今回のEUの動物実験の段階的廃止に向けた取り組みは、欧州市民イニシアティブ(ECI)の提出に基づいています。ECIは、欧州連合条約第11条4項 2)に示されており、加盟国の国民100万人以上の署名を集めることにより、EU市民が、EU条約を維持するために法的措置が必要であると考える事項について、欧州委員会に立法案の提出を求めることを規定しています。なお、ECIに関する詳細な規則は、規則(EU)2019/788 3)に定められています。
2023年1月25日に欧州委員会に提出されたECIでは、以下のような科学目的における動物使用に関する行動を取るよう求めています。
目的1: 化粧品の動物実験禁止の徹底と強化を行う。いかなる目的、場合でも動物実験を行わずに、すべての化粧品成分について消費者、労働者、環境の保護を実現するための法改正に着手する。
目的2:EUの化学物質規制を改革する。新たな動物実験要件を追加することなく化学物質を管理することで、人間の健康と環境が確実に保護されるようにする。
目的3:EUの科学を近代化する。現行議会の任期が終了する前にEU域内での動物実験をすべて段階的に廃止するためのロードマップを策定する立法提案に尽力する。
2.欧州員会によるコミュニケーション文書
提出されたECIに対して、欧州委員会は、提案に関する分析と見解を示したコミュニケーション文書 4)を2023年7月25日に公表しました。欧州委員会はそれぞれの目的に対して、以下のように回答しています。
(1)目的1に対する回答
• 欧州委員会は、化粧品成分の動物実験禁止および動物実験を行った成分を含む化粧品の販売禁止が、化粧品規則のもとで完全に実施されていることを強調する。
• すでに現在でも、化粧品規則のもとで化粧品成分の評価のための動物実験は禁止されている。
• 欧州委員会は、現時点では化粧品成分の試験に関して化粧品規則やREACH規則の改正を提案するつもりはない。この2つの規則の接点については、欧州化学物質庁(ECHA)を相手取った2件の訴訟が欧州一般裁判所で審理中であり、欧州委員会は判決が出次第、その内容を分析し、法改正の必要性について決定する際に考慮する。
•REACH規則の目標とする改正の一環として、欧州委員会は、動物実験に基づく情報要件の一部を、可能な場合には動物を使用しない方法に置き換えることを提案する意向である。
すでに現在、化粧品規則では、本規制の要件を満たすために動物実験を行った化粧品製品の上市を禁止しています。この禁止措置は、化粧品成分にも適用されるため、EU域外の化粧品要件を満たすために実施された動物実験で得られたデータは、EU域内での化粧品の評価には使用できません。
いっぽうで、化粧品に使用される成分のほとんどは、他の消費者向け製品や工業製品にも使用されています。これらの製品に適用されるEU規則(REACH規則など)の順守を確保するために動物実験が必要となる場合もあります。そのような場合、化粧品規則は、それらのEU規則に基づく試験を制限していません。 5)欧州委員会は、化粧品以外の規則の順守を目的とした動物実験が、化粧品の販売禁止のきっかけとなるべきではないことを明確にしています。このようなデータは、化粧品規則に基づく化粧品の安全性評価に関連するものであれば、その評価を利用することが可能です。
(2)目的2に対する回答
欧州委員会は、動物実験を削減するための指標と具体的な行動を明確に示し、短期的および長期的に実施されるロードマップの策定作業を直ちに開始するとしています。このロードマップは、関連する化学物質規制(REACH規則、殺生物性製品規則、植物保護製品規則、およびヒトおよび動物用医薬品)に基づく動物を使用しない規制システムへの移行の前提条件となるものです。ロードマップの中心となるのは、化学物質の安全性評価のために現在、動物実験を義務付けている法律について、動物実験に代わる方法を分析し、必要なステップを特定することです。ロードマップでは、動物を用いない試験法の開発、検証、実施を拡大し、促進するための手段を明らかにするとともに、法律全体にわたってその採用を促進するための手段についても説明するとしています。
なお、ロードマップの策定にあたり、欧州委員会は各機関、加盟国、およびNGO、産業界、研究機関の関連ステークホルダーと緊密に協力する必要があるとしています。
(3)目的3に対する回答
・欧州委員会は、研究、教育、訓練における動物実験の削減を加速させるための行動計画を提案している。これには、加盟国との協力関係を強化する活動も含まれる。
・欧州委員会は、動物実験代替法の研究を実質的な資金援助により引き続き支援していく。
目的3は目的2と重複している内容があり、目的2における化学物質安全性評価のロードマップに対して、欧州委員会は、動物使用の削減を促進させるために、(i)加盟国とのさらなる連携、(ii)代替法への継続的な資金提供と可視化、(iii)予備的ワークショップの開催、(iv)教育・訓練・意識の向上といった具体的な行動計画で補完するとしています。
いっぽうで、欧州委員会は、動物実験を科学的見地から可能な限り早期に廃止することを目指していますが、動物実験の段階的廃止に向けた正しい進め方として、新たな立法措置が必要であるとは考えていません。
現行法では、試験に使用される動物数の削減目標を定めた規定はありません。削減目標の設定は、政策目標の実施可能性が明確に示される政策分野においては有益であると考えられますが、科学的進歩や技術革新が予測不可能であり、利用可能な最善の手法、技術、知識に依存する研究においては、その目標設定が有益なものではありません。代替法の開発は大幅に進歩していますが、健康、疾病、生物多様性に関わる、より複雑な生物学的・生理学的プロセスを理解するには、動物モデルの試験は現時点では依然として不可欠となっています。欧州委員会は、現段階では、研究における特定の動物実験に代わる科学的に有効な方法がいつ利用可能になるかを予測することは不可能であるため、削減目標の設定は非現実的であるとしています。(ただし、適宜調整する必要があるとしています。)
研究資金に関して、EUはすでに動物を用いないアプローチの推進に多大な投資を行っており、欧州委員会は、動物を使用しない代替法への資金提供のペースを維持していく予定であるとしています。
3.動物実験の段階的廃止に関するロードマップに対する、根拠に基づく情報提供の照会
化学物質安全性評価のための動物実験廃止に向けたロードマップに向けた作業を開始するため、欧州委員会は2023年12月11日および12日に、加盟国および関係者を集めたワークショップ 6)を開催しました。さらに、第2回のワークショップが、2024年10月25日に開催される予定です。今回、第2回ワークショップを開催するにあたり、ロードマップの策定、ロードマップの基礎となる科学的知識の収集、およびすべての関連ステークホルダーからの支援を得るためには、加盟国当局、EU機関、企業、非政府組織、科学界、およびその他の関連ステークホルダーとの包括的な協議が不可欠となっています。
今回の情報提供の照会では、動物を使用しない試験方法に関する専門知識を有する科学研究者、学術団体、科学・学術団体に対して、関連する公表済みおよび査読前の科学的研究、分析、データ、関連分野における知識の現状を総合的にまとめた資料などが収集されることが期待されています。
4.まとめ
以上のようにEUにおける動物実験の段階的廃止に関する流れは、ECIがきっかけとなっています。ECIは、欧州委員会が法的措置を講じる権限を有する分野において、欧州委員会に法的措置を提案するようEU市民が呼びかけるための仕組みを提供しており、EUレベルでの参加型民主主義を推進するための重要な革新的な仕組みのひとつとなっています。
今回のEUにおける動物実験の段階的廃止に関するECIでは、120万人以上の署名が集まりました。ECIは、EU市民が自分たちの意見を直接政策に反映させることができる制度であり、立法の策定プロセスとして他国でもあまり類をみないものです。今後、EU市民の声がどのような形で、EUの法的措置として反映されるのか、注目されるところです。
(柳田 覚)
1)動物実験の段階的廃止のロードマップに関する根拠に基づく情報提供の照会
2)欧州連合条約
3)規則(EU)2019/788
4)欧州市民イニシアチブ(ECI)委員会からの通知「動物実験のない化粧品を守ろう - 動物実験のないヨーロッパを目指して」
5)ECHAファクトシート:REACH規則と化粧品規則の関係
6)化学物質安全性評価における動物実験の段階的廃止に向けた欧州委員会のロードマップに関する第一回ワークショップ
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