2021年05月28日更新
欧州化学物質庁(ECHA)は、2021年4月に「統合規制戦略年次報告書2021年版」*1(以下「報告書」)を公表しました。
統合規制戦略(以下「戦略」)は、2015年から懸念物質の特定とリスク管理を戦略的に進めるために策定されたもので、本コラム2019年5月30日「REACHにまつわる話~ECHAの化学物質管理の戦略」に詳しく解説されています。 戦略のゴールは、2027年までにすべての登録物質にリスク管理または新たなデータ生成の優先順位を付けることです。
この戦略の年次報告書は2019年版から始まり今回の2021年版報告書は3回目の報告書となります。
今回の報告書のトピックは、2019年度から本格的に取り入れてきた「統合アプローチ」が2020年度で目に見える形で大きな成果を挙げ始めてきたことです。
具体的に成果を挙げると、「統合アプローチ」の中核である「グループ評価」により以前の個別評価アプローチと比較して2020年度に評価が完了した物質の数が約10倍に増加したことです。 評価が完了した物質が増えたことは、言い換えれば規制リスク管理を開始した物質が大幅に増加したことを意味しており、よりヒトと環境に対する悪影響を抑えることができると共に、影響が無い(または少ない)物質の有効利用を加速することにもつながります。
「統合アプローチ」は、EUにおける今後の化学物質評価および管理の方向性を示していますので、以下に内容を詳細に見ていくことにします。
1.統合アプローチとグループ評価
繰り返しになりますが戦略のゴールは2027年までにすべての登録物質にリスク管理または新たなデータ生成の優先順位付けを完了することです。 2020年末までにREACHの下で企業が登録した物質は23,000以上になります。 この評価の効率を改善するために、「統合アプローチ」はREACHとCLPの危険有害性に関する登録情報とその他の既存の情報を統合的に活用するアプローチです。 そこに「グループ評価」を取り入れることにより評価の効率が飛躍的に改善されました。
「グループ評価」とは、物質を個々に評価するのではなく関連する物質を一つのグループにまとめて評価を行うものです。「グループ評価」のめざすところは、次の4つです。
1)グループとして利用可能なすべての情報を使うことにより、危険有害性情報やばく露情報が不足している物質も含めて評価できるため、登録物質のカバレージを拡げることが可能
2)類似の物質に対する規制の一貫性が改善でき、当局の活動の予測可能性が向上
3)危険有害性がある物質の潜在的代替物質を検討することにより、業界がよりよい代替品を選択することをサポート
4)さらなる対策を必要としない物質を早期に同定
2.登録物質の分類
ECHAは登録された23,000物質をグループ化して次の5つのカテゴリーに分類しています。
①データ生成:さらなる規制措置を提案すべきかどうかを特定する前に、追加の情報または評価を必要とする物質
②規制リスク管理を検討中:非常に懸念される物質(SVHC)を特定する意図または継続的な提案がある物質、当局がREACHの下で制限の提案を準備または提出した物質、規制管理オプション分析(RMOA)の下の物質、当局がCLPの下で調和した分類とラベリングの提案を準備しているかまたは提出した物質、および当局が追加の規制リスク管理が必要である可能性があることを特定したが、このアクションがまだ開始されていない物質
③規制リスク管理が現在進行中:候補リスト上の物質、REACHの下で制限される物質であり、多くは追加のEUレベルの規制措置は期待されていない。ただし、一部の物質については、依然として重要な作業が必要になる場合がある。例えば化学分野の最新のアップデートにより、カテゴリー1Aまたは1Bの生殖毒性、発がん性、変異原性、または毒性、任意のカテゴリーの呼吸感作性として、附属書VIからCLPへの調和分類を有する物質も含まれる。
④現在、それ以上の措置は提案されていない:異なる規制プロセスの下で多くの物質を見直し、その時点でさらなる規制措置の必要性を特定していない物質
ただし、状況が変化し、例えば、企業が物質の有害性または規制上の優先順位に関する新しい用途または新しいデータを報告した場合、これらの物質はさらなる規制措置の対象となる可能性がある。 CLPの下で調和分類とラベリングの提案を受けた物質も含まれている。
⑤まだ割り当てられていない:他のいずれにも割り当てられていないREACHに登録された物質
3.2020年の物質マッピングの進捗状況
2020年12月時点で上記⑤まだ割り当てられていないから評価をされた物質(評価中も含む)は、1,900物質に上ります。 これはグループ評価の効果で2014年から2018年までの平均年間評価数の約10倍にあたります。 評価された物質の約38%が年間100トン以上で登録された物質です。
評価された物質の約20%で規制リスク管理措置が計画されています。 その他ほとんどの物質は、規制リスク管理措置に進む前に、さらなるデータ生成または有害性の確認を必要としています。
①データ生成に廻された物質は2020年末に1,860物質で昨年比20%増加しています。 この増加は「グループ評価」により評価物質数が増加したことで説明されます。 この物質は多くの場合、登録ドシエで提出された情報では物質に関連するリスクを決定するためには不十分で、情報要件を満たすデータを新たに生成する必要があるものです。コンプライアンスチェック、追加試験提案、物質評価が欠損データを生成するために使用される主要なツールです。どのような追加データ生成が要求されたかはECHAのウエブサイト*2で公開されています。
②規制リスク管理を検討中に分類されている物質は昨年の4倍の1,400物質あります。 これも「グループ評価」による評価物質数増加によるものです。計画されている最も一般的な規制リスク管理アクションは、認可、制限、および調和分類です。
③規制リスク管理が現在進行中に分類されている物質は昨年の約60%増の630物質が登録され、そのうち約40%が年間100トンを超えて登録されていますが、規制リスク管理はすでに進行中であり、EUレベルでの追加の規制措置は必要とされませんでした。
④現在、それ以上の措置は提案されていないに分類されている物質は昨年の27%増の約890物質です。 これらの物質は、コンプライアンスチェック、物質評価、RMOA、またはグループ評価中に実施された評価に基づいて、現在、さらなるEU規制リスクの管理行動を必要としないと結論付けられました。
⑤まだ割り当てられていないに分類されている物質は、年間100トン以上で登録された物質で約1,760物質、年間1~100トンで約6,530物質残されています。 一方で2020年度にこのカテゴリーにあった約1,025物質が評価完了して、そのうちの45%が年間100トン以上の登録物質で、「グループ評価」の効果により2019年8月比で未評価物質が26%減少しました。 評価済の100トン以上登録物質の43%がコンプライアンスチェックの下でさらなるデータ生成を提案され、36%が現状で規制調査の必要がないと結論付けられています。年間1~100トンでは評価済のうちで48%が現状で規制調査の必要がないと結論付けられ、29%がコンプライアンスチェックを提案されています。 残りの6,530物質は、潜在的な危険有害性または用途に関する見解を形成するに必要な十分な情報が登録ドシエと他のデータソースにないことが想定されています。
4.まとめ
統合規制戦略は、2027年までにすべての登録物質にリスク管理または新たなデータ生成の優先順位を付けることをめざしています。
その実現のためには評価の大幅な効率化が必要であり、そのためにREACH、CLPおよびその他の既存の情報を活用する「統合アプローチ」と類似の物質をグループ化して評価する「グループ評価」が導入されています。
2020年度は、「グループ評価」の大きな成果を実証した年になりました。これにより年間100トン以上登録物質の評価完了は、目標である2023年末までに完了する見通しが見えてきました。
一方で評価完了物質のうちで、登録時のデータが不完全または不足であり、新たなデータ生成を要求される物質が多くなっている実態があり、登録者の側に登録時のデータの品質改善が求められています。 欧州化学産業評議会(Cefic)は、登録ドシエの見直し・改善のための自発的な複数年にわたる行動計画*3を作成し2019年に開始することでこの要請に応えようとしています。
統合規制戦略の実施の進捗状況は、化学ユニバースウェブページ*4と2021年末までに公表される物質のグループ評価の結果を通じて知ることができます。
(杉浦 順)
*1 統合規制戦略年次報告書2021年版
*2 Progress in evaluation
*3 REACHドシエの見直し・改善のための自発的な複数年にわたる行動計画
*4 化学ユニバースウェブページ
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